今日は、片づけに気をとられすぎて大事なことを忘れていた私が再開したことや、新たにはじめたことについて書きます。
~目次~
・捨てても捨ててもスッキリしない状態は抜け出せたけれど
・片づけよりも大事なこと
・殺風景な部屋とわたし
・ふだんの暮らしに足してみた3つの習慣
捨てても捨ててもスッキリしない状態は抜け出せたけれど
いよいよマズイと思ってはじめた片づけ生活も、ようやく、捨てても捨ててもスッキリしないという状態からは抜け出せたと思います。
いっせいにモノを減らしはじめた頃の片づけの動機は「とにかくスッキリしたい」というものでしたから、その点においては効果も感じています。
でも最近は、モノが減った殺風景な部屋にいて、なんともいえない寂しさを感じることが増えました。
書籍
「今日からだれでも、片づけ上手。 モノ、迷い、重たい気持ちとサヨウナラ」の口絵に、入り口から撮影してもらったわが家のリビングの写真を使っています。
今それを見ていると、狭くてゴチャゴチャだったリビングがここまで片づいたという嬉しさと、これからは何かもう少し足したいという気持ちがあふれてきます。それはモノだけではありません。
片づけよりも大事なこと
先日、28回目の結婚記念日を迎えました。その日の夕方まですっかり忘れていたのを、リビングでテレビボードの引き出しをゴソゴソ整理していた時ふいに思い出しました。
子供の誕生日だけは精いっぱい祝ってきたものの、結婚記念日はいつもより美味しいモノを食べるくらいで、特別なことをしてきたわけではありません。
それでも、今年のように全く忘れていたことはなかったです。
「書類の整理もいいけれど、感謝の言葉をあらためてかわすことのない夫婦なのだから、せめてこの日くらいはちゃんと覚えていよう」と反省したのでした。
画像のタルトは、夜、帰宅した娘から渡されたものです。本人はすっかり忘れていたので、ありがたかったけれど申し訳ないような気持ちになりました。
殺風景な部屋とわたし
片づけてモノが減り暮らしはたしかにラクになってきました。家具も好きなように動かせるので、掃除もラクです。でも、私がいまだに片づけに気をとられ過ぎているのも事実です。
そう思うと、急に、目の前のリビングが殺風景に見えてきました。
片づけたい場所もモノもまだたくさん残っているけれど、もう少し日常に潤いのようなモノが欲しいです。
ふだんの暮らしに足してみた3つのこと
私がこの殺風景な日常に足していきたいのは、モノではなく手をかけること。ゆたかな暮らしに気持ちを向けることです。
●記念日を書き込む習慣を再開する。
●何も置かなくなっていたキッチンカウンターに、見て嬉しくなるものをひとつ置いてみる。
●ランチョンマットや箸置きを食事ごとにかえる習慣を再開する。
忘れていた結婚記念日以降に足しはじめた、3つのことです。
記念日くらいメモしなくても大丈夫だと思っていましたが、これからはカレンダーに書き込みます。スマホには、来年のぶんを入れておきました。誕生日も念のため。
あとは、何も置かなくなっていたキッチンカウンターに花や果物をもういちど飾ってみます。
食事のときも、箸置きやランチョンマットをその都度ちがうものを使うようにしています。最近ずっと同じものを使っていました。
古いモノや半端なモノは捨ててしまいましたけれど、プレゼントでもらったものや残したものがありますから、食事ごとに違うものにすれば楽しめそうだと考えました。
断捨離の効果については、2年前こんなことも書いています
⇒断捨離で鍛えられると、関係ない事や嫌な人間関係をサクッとスルーできるようになる。片づけの目標が、
「管理すべきものを減らしたり小さくしたりして、人生後半をラクに暮らす」ということに変わりはありません。
でも、”ラク”には楽しいと言う意味もあるということを忘れないでいたいです。
片づけの参考になる記事はテーマでも読めます。こちらもチェックしてみてください。
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