目次▶病気だとわかるまで
▶きちんと治療をうけなかった本当の理由
▶痛みで家事ができなくなり治療開始、12年経過、おかげさまで元気になりました
▶終わりに
病気だとわかるまで
リウマチ(関節リウマチ)を発病したのは40代半ばで、治療をはじめて12年になります。実は病名が確定するまでは、時間がかかりました。
なぜなら、私が逃げ続けて、診察や治療をちゃんと受けなかったからです。市販の痛み止めを飲んでしのいだり、整形外科にいっても痛みと腫れ以外の症状(強い倦怠感)を伝えなかったり。
今なら、なんてバカなことをしていたのだろうとわかりますが、当時はその間違いに気づきませんでした。また、時間が経てば治るのではないかという淡い期待も持ち続けていました。
すべては、「元気だけが取り柄の私が病気になるはずがない。もしそうなら、息子のことはどうするの」という思いからでした。
亡くなった息子と私の病気について書きはじめた最初のブログがこちらです。
別ブログ「家も自分も好きになる暮らし」
きちんと治療をうけなかった本当の理由
自閉症の息子はその当時、養護学校の高等部を出て施設に通いはじめたばかり。送迎もありましたし、発作を含めた体調の管理もしなければなりませんでした。
娘は受験生、夫は7時出社23時帰宅が当たり前の、サラリーマンとしてもっとも忙しかった頃でした。終電に間に合わず、子どもたちが寝てから車で迎えに行くこともありました。
そんな家族を少しでも支えたかったし、昼間の開いた時間は大好きなエアロビクスに通うこともやめられませんでした。あんな身体をどうやって動かしていたのかと呆れますが、やめられませんでした。
現実から目を背けていたのです。
「最近怠さがとれないな、指の関節の腫れも痛みもおさまらないし」
そう思ってはいたものの、そのうち治るだろうと生活を変えず、きちんと治療を受けることを避け続けました。
痛みで家事ができなくなり治療開始、12年経過、おかげさまで元気になりました
包丁もハサミも痛みで使えない、運転も危なっかしい、絶えず怠い。
そうなってはじめてきちんと診察を受け、検査後すぐに専門医のいる総合病院を紹介されたのでした。
馬鹿だったし、事故でも起していたらと思うと恐ろしいです。
幸い合う薬が見つかり、1年半後には寛解状態に近いところまで回復しました。
諦めたことは沢山あるものの、ほぼ、普通の暮らしができるまでになりました。
2020年に手術をしたあとも、工夫しながら暮らす同病の人たちの様子に励まされながら、一日を無事に過ごすことができています。
ゆっくりペースでしかできませんが家事もこなせていますし、このように早朝からパソコンを開けてキーを打つこともできています。こんなにありがたいことは無いと思っています。
終わりに
病気になって気づけたことがたくさんあります。それを無駄にしないよう、時間と自分を大切にしながら暮らしていきたいです。
起きたら綺麗な朝日がこの部屋に入ってきていて、ふと書きたくなりました。そろそろ降りて朝ごはんを作ります。
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